2024/02/05 11:30
北海道生活
北海道 移住インタビュー|十勝の陸別町へ。地域おこし協力隊を経て、起業
(本誌「北海道生活」 2023年9月3日発売・秋号 掲載)
北海道の“このまち”に来るまでと、まちに移り住んでからの“暮らし”について、移住定住インタビュー。今回は、十勝の陸別町(りくべつちょう)に移り住み、地域おこし協力隊を経て、薬用植物とハーブを活用した商品の開発を行なう夫婦のお話。2021年に「種を育てる研究所(タネラボ)」を設立。
【陸別町】十勝地方の北東部に位置し、盆地のため寒暖差が大きく、日本一寒い町として知られる。その寒さを活用したイベントや町おこしも行なわれている。
vol.5 陸別町へ移住し、起業した夫婦(種を育てる研究所(タネラボ))
日向 優(ひなた ゆう)さん・美紀枝(みきえ)さん
日向 優さんと美紀枝さん。陸別町に移住、現在は薬用植物やハーブを栽培し商品開発を行なっている
大阪の移住フェアで、運命を変えた出会い
日本一寒い町として知られる陸別町(りくべつちょう)。十勝地方の内陸にあり、最低気温がマイナス30℃を超えることがありますが、夏の最高気温は30℃を超えることもあり、寒暖差の大きさには驚かされます。
ここに日向 優さん・美紀枝さん夫妻が関西から移住してきたのは2017年のこと。「気温については気になりませんでした。大阪の夏は暑くて湿度も高い。外に出る気にもなりません。冬も室内が寒かったので、陸別が特に寒すぎるとは思いませんでした」と語るのは札幌出身の優さん。同じ北海道ですが、「道東が初めてだったので、逆にイメージがわかなかった」といいます。広島県出身の美紀枝さんも、「北海道だし寒いだろうとは思っていましたが、厳しいのは朝の冷え込みくらい。室内はあたたかいです」と気にならないようです。
日向さん夫妻が陸別町というまちに出会ったのは、2014年に大阪で開催された「北海道暮らしフェア」の会場でした。北海道大学薬学部で知り合い、ともに大阪の製薬会社に就職、結婚した二人。やがて4年以上が経ち、30歳を越えたばかりの優さんは、「今後の会社での立ち位置も見えてきた。でも、ほかにちがう人生の選択肢もあるのではないか」と思うようになります。その選択肢の一つとして、何か見つかればと軽い気持ちで会場へ。二人で歩いていると、陸別町のブースの前で声をかけられたのが人生を変えるきっかけとなったのです。
広島県尾道市出身の日向 美紀枝さん。北海道大学薬学部卒、博士(薬科学)取得
札幌出身の日向 優さんは、北海道大学薬学部卒、博士(生命科学)取得
移住体験をきっかけに、人生を変える選択へ
陸別町の担当者が熱心に説明し、まずは体験移住などを薦めてくれたことで、「それなら現実的に遠くない話かもしれない」と感じた二人。休暇を利用して、陸別町で1週間ほど体験移住をしてみました。
大阪の大都会とはまるでちがう、十勝の奥の小さなまち。「人と人とのつながり、田舎のいい部分やアットホームなところは、いいなあと思いました」と美紀枝さん。だからといって簡単に移住するわけにはいきません。「二人の気持ちが同じでないといけない。その機会が訪れるまで」と、今度は北海道各地で移住体験をするように。「どのまちもよかったんです。ただ最初の陸別町の印象がよかった」と優さん。
そこへ、陸別町で薬用植物に関わる地域おこし協力隊を募集する話が舞い込みます。「薬用植物は将来、役に立つ可能性がある」と考えた優さん。仕事を辞めて、陸別町に行くかどうか考えて考え抜いた二人。「この機会を逃したら次はない、最後は勢いで、えいやって決めてしまいました」と笑います。
大阪の製薬会社を辞め、北海道で薬用植物(薬草)の仕事をするという新しい目標ができ、二人は陸別町に移住することになりました。
薬用植物を活用した、新しい商品・サービスを
まちの薬用植物を産業化するプロジェクトに3年関わった優さん。製薬会社時代とは異なり、「やっていることは農家の仕事に近い。スプーンをスコップに持ち替え、部屋の中でなく太陽の下で畑の中にいます。おかげでストレスもなく健康になれました」。観光の仕事に関わった美紀枝さんも、「これまでの研究者の仕事はさまざまな分野の人との目線合わせが大事で、コミュニケーションの難しさがありました。それが観光の仕事でも役に立ちました。まちは小さいですがイベントが多く、コミュニケーションが大事。顔を覚えてもらえるようになり、地域に根付くことができました」。
やがて任期を終えて、二人は薬用植物を使った「種を育てる研究所(タネラボ)」を2021年に設立します。
トドマツやアカエゾマツのアロマオイル「りくべつのかおり」や、キバナオウギの茶葉を使ったハーブティーなど、オンラインショップで販売中。種を育てる研究所(タネラボ)
「薬用植物は、漢方薬になる部分と、食品として使われる部分があります。たとえば、トウキ(当帰)はセリ科の植物で、根の部分は漢方薬なので一般に扱うことはできませんが、葉の部分であればハーブティーや料理にも使えます。キバナオウギはマメ科の植物で、葉を焙煎すると黒豆のような香りがします。お茶としても美味しく、オウギの持っている滋養強壮や疲労回復の効果も期待されます」と優さん。春から秋にかけては畑に入り、栽培した植物を乾燥、そして商品へと、薬用植物を活用すべく開発をつづけている日向さん夫妻。
トウキやスパイス、てんさい糖やリンゴなどをブレンドした「薬膳ホットワイン」でホットワインをつくると体が芯からあたたまる。オウギ葉もティーバッグで気軽に味わえ、疲労回復が期待される
今では北見工業大学と共同研究をしたり、「積丹スピリット」に製造委託してオリジナルのジンを発売したり、さまざまな商品が生まれています。日本一寒い町も、いつかは薬草の原産地として知られるようになるかもしれません。
トウキの葉をキーボタニカルにしたクラフトジン「天使のジン」。ヨーロッパでは「天使のハーブ」と呼ばれるトウキは、セロリのような個性的な後味が特徴